預言者、エマニュエル・トッド氏。過去に、米国発の金融危機や英国のEU離脱、トランプの選挙勝利など数々の予言をあててきたフランスの歴史人口学者・家族人類学者です。
そんな彼が「第三次世界大戦はもう始まっている」という衝撃的なタイトルの本を出しました(2022年6月発刊)。
本書は2017年〜2022年にかけて実施された4本のインタビューを書籍化したものですが、トッド氏、かなり怒っています。なぜなら、ウクライナ戦争が始まる原因をつくったのはロシアではなくアメリカとNATOだと考えているからです。よくもヨーロッパを新たな戦場にしてくれたな、と。
本書の特徴は、全般的にロシア寄りと反米のスタンスで書かれている点です。個人的にはロシアの軍事行動が正当化することはできませんが、ロシアだけが悪いのかと言うとそうとも限らないという視座を持てる点でトッド氏の指摘には耳を傾ける価値があると感じました。
ウクライナ戦争以外にも、今後の日本に求められる対応についてもなかなか刺激的な内容が語られています。
以下、本書の主なポイントをかいつまんで拾っていますが、内容が気になった方はぜひ本書もお手にとって見てください。
ウクライナ戦争の責任はアメリカとNATO
◉ロシアにとって、ウクライナのNATO入りは死活問題。ロシアの国境にNATOに加盟したウクライナが接した場合、ロシアにとって安全保障上の脅威になる。そのため、かねてよりロシアはそれを許さないとしてきた。
◉ウクライナはNATOの加盟申請をしていなかったものの、事実上はNATO加盟国だとシカゴ大学の国際政治学者ミアシャイマー教授は指摘する。(トッド氏もこれに同意)
◉その根拠に、ロシアによるウクライナ侵攻以前に、アメリカとイギリスがウクライナに高性能の兵器を大量に送り込んだだけでなく、軍事顧問団も派遣しウクライナを武装化していた。
◉つまり、ロシアを無視してウクライナの実質上のNATO化を進めたアメリカとNATOにウクライナ戦争の原因があるとトッド氏は断じる。
◉米英によるウクライナ武装化の目的は、ロシアがすでに併合したクリミアとロシアが実効支配するドンバス地方の奪還だった。これをロシアは看過できなかった。ロシアは手遅れになる前に、増強されたウクライナ軍を叩くべく戦火を切った。
なし崩し的にNATOが加盟国を拡大していったのは、ロシアにとっては不快じゃったろう。
しかし、仮にウクライナがクリミアやドンバス地方の奪還を狙っていたにしても、ロシアがキーウ含めて一斉に爆撃する必要まであったんじゃろうか?クリミアとドンバス地方の軍備を増強するだけでもよかったのではと感じたわい。
アメリカにとっても死活問題
◉一方で、ウクライナ戦争はアメリカにとっても死活問題。なぜなら、もしも負けることがあれば、アメリカ主導の国際秩序が揺るがされるからだ。
◉アメリカは軍事と金融では世界の覇権を握っている。しかし、実物経済は世界各地からの供給に依存している。ウクライナ戦争で負けると、このシステム全体が崩壊する恐れが出てくる。
◉よって、アメリカはウクライナ戦争に深くのめり込む可能性がある。その点で、ウクライナ問題はすでに「グローバル化」した問題といえる。
アメリカが関わる戦争は、ことごとく長期化する印象があるのぉ・・・
すでに第三次世界大戦に突入
◉アメリカは、ウクライナなしではロシアは帝国になれないことを見抜いていた。アメリカに抵抗しうるロシアの帝国化を防ぐために、アメリカはウクライナ武装化を実行。
◉ロシアによるクリミア編入もドンバス地方の実効支配の支援もロシアの「人民自決権」という伝統的な考え方に照らすとそれなりの正当性がある。
◉冷戦後、ロシアは経済自由化を目指して欧米から助言者を送り込まれたが、結果的にロシアの経済と国家は破綻。プーチン主導で経済的に立ち直ったが、そこには多大な努力が必要だった。
◉ウクライナ戦争前のアメリカの思惑は、ウクライナを事実上のNATO加盟国とし、ロシアを従属的な地位に追いやること。一方、ロシアはアメリカに対抗しうる大国としての地位を維持すること。
◉地政学的に見ると、ウクライナ戦争は「弱いロシア」が「強いアメリカ」を攻撃していると見ることもできる。
大国は2つ以上ある方がいい
◉一つの国家が世界全体に支配力を持つのは良くない。超大国は2つ以上ある方が均衡がとれる。
◉ロシアはかつては大国。第二次世界大戦時には2000万人の犠牲者を出しながらナチス撃退に貢献した。
◉しかし、冷戦後はロシアの貢献は忘れられ「ロシア嫌い」が高まった。プーチンの権威的民主主義体制は憎しみの対象になった。
各国の誤算
◉西欧:とくにドイツとフランスは交渉により戦争は抑止可能と考えていた。まさかヨーロッパで戦争が起きるはずがないと。
◉アメリカ:プーチンがここまでの大規模な侵攻を決断するとは思わなかった。他国への侵攻は、アメリカの専売特許だった。
◉ウクライナ:米英がここまで戦闘に非協力的だとは思わなかった。(今後、反米感情は高まる)
◉ロシア:ウクライナ社会がここまで抵抗するとは思わなかった。ロシアのエネルギー資源に依存するヨーロッパの抵抗も想定外。
ロシアと欧米がバックについたウクライナとの間の戦争はつまりのところ世界大戦級というのがトッド氏の考えのようじゃ。
あまりに異なる3地域から構成されるウクライナ
◉ウクライナを構成する3つ地域はそれぞれあまりに異なっている。そのうえ、ソ連が成立するまでウクライナは国家として存在したことがなかった。
西部:ロシアが ”ほぼポーランド” とみなす地域(リビウなど)。EU加盟を希望する極右勢力(「親EU派」と呼ばれるが実態は「ネオナチ」)がもっとも激烈な地域。ユニアト信徒のウクライナ人。
中部:「小ロシア」とも呼ばれる”真のウクライナ”(キーウなど)。核家族構造。ギリシャ正教のウクライナ人。ウクライナ語。
東部:プーチンが新ロシアと呼ぶ地域(黒海沿岸地域、ドンバス地方など)。ロシア系住民。ロシア語。
ウクライナ戦争の人類学
異なる家族システム
◉ロシアは「共同体家族」を形成する価値観であるのに対して、ウクライナは「核家族」の価値観。両国の価値観は異なる。
◉「共同体家族」のロシアでは結婚後も親と同居し、親子関係は権威主義的。それが、共産主義やプーチンの権威的民主主義の土台になっている。
◉一方で、ウクライナは核家族を形成する個人主義。ウクライナは英米仏などに見られる自由民主主義的な考え方。
「家族構造」と「政治経済体制(イデオロギー)」は一致する。近代以降の各社会のイデオロギーは、農村社会の家族構造によって説明できる。
▶例えば、共産主義革命は労働者階級が主導するが、先進工業国では一度も起きておらず、ロシアなどの「外婚制共同体家族」の地域で起きている。
「人類学」と「地政学」の一致
◉上図は、本書から引用したウクライナ戦争をめぐる各国の非難や制裁状況をあらわした図。
◉上図は、家族構造における父権制の強度をあらわしている。
◉ひとつ前の図と比べてみると「人類学」と「地政学」が驚くほど一致していることが見て取れる。
◉さらに、ロシアが孤立していないこともわかる。ロシアと同様の国々の共通点は、個人主義的な傾向がないことと核家族構造がみられないこと。
◉自らをもっとも先進的とみなしている西洋社会の個人主義・核家族構造は、歴史的には実はもっとも原始的な形態。
◉逆に歴史的には、父権性が強く、権威主義的社会をつくっている共同体家族が最も新しい。
本書全体を通じて、トッド氏の専門分野であるこの人類学のパートがもっとも目からウロコじゃった。
まさか家族構造がイデオロギーや地政学と結びついていたとは!
家族構造がロシアとウクライナで異なるということは、イデオロギーの統一は困難ということじゃ。
ロシアがウクライナ全土を仮に一時的に占領できたとしても、イデオロギーが違うことには長期にわたって掌中に入れることは無理があるということじゃ。
ドイツと日本は中間地帯
◉ドイツと日本は、核家族社会と共同体社会との中間帯に位置する。つまり、ドイツと日本は、西洋の核家族社会よりも父権制が強い。とくにドイツは、西洋の国のふりをしてきた。
◉ドイツと日本が、人類学的には異なるにも関わらず西洋の国のふりをすることになったのは、第二次世界大戦で敗れ、アメリカに征服されたことが大きい。
◉人類学的には不一致のため、ドイツと日本は人類学的に何らかの無理が生じている可能性がある。
「人類学的に、今の日本社会は仮の姿」というのもインパクトがある話じゃ。父権制が強いのは抵抗感があるわい。
共同体社会のような権威もなく、かつ核家族社会のような不公平でもない価値観の社会がええんじゃがのぉ。
2つの民主主義
◉ロシアと中国は「権威的民主主義」。民主主義では多数派が権力を握るが、「少数派を尊重」するのが「自由民主主義」。「少数派を尊重しない」のが「権威的民主主義」。
◉ロシアと中国は、人類学的には同じ「共同体家族社会」だが、ロシアには高等教育を受けた分厚い中間層が存在するなど、より自由主義的な社会といえる。
◉ロシアでは女性の地位も中国より高い。女性の大学進学率は、男性を100としたときに130と世界でも女性の地位がもっとも高い国。父権的な社会にも関わらす、女性の地位が高いことがロシアのシステムの独特なダイナミズムを生んでいる。
◉自由民主主義を代表するアメリカとイギリスは不平等があまりにも拡大。金権政治、教育による階層化と社会の分断も深刻。さらに、先進国ではありえないこととして、下層では死亡率が高まっている。
◉英米の不平等の根幹にあるのが「絶対核家族」。結婚した子は親とは同居せず、遺言で相続者を指名し、兄弟間の平等に無関心。この家族システムでは「平等」という価値観が組み込まれていない。親子関係は自由主義(個人主義)的なため、不平等に歯止めがかからない。
◉一方、ロシアと中国の共同体家族には平等が組み込まれているため、不平等に対して一定のブレーキがかかる。それが故に、ロシアと中国では共産主義が成立できた。
◉英米はもはや自由民主主義ではなくリベラル寡頭制(一部のリベラルが権力を握る)。今の世界で起きている真の対立は「民主主義陣営VS専制主義陣営」ではなく、「リベラル寡頭制陣営VS権威的民主主義陣営」
◉リベラル寡頭制の世界では技術革新が次々と生まれた一方、自国の産業、工業生産能力をないがしろにしてきた。
◉労働力が安価な権威的民主主義の陣営に工業生産をゆだね、その結果自国の労働者層を破壊してしまった。また、ロシアはエネルギーや肥料の輸出大国となった。
◉つまり、リベラル寡頭制陣営は、権威的民主主義陣営の生産力なくして生き延びることができない状態にある。これは非常に奇妙で、予測不可能な状況。
中露はもちろん、英米にも「真の民主主義が存在しない」のは、残念ながら納得感があったわい。中露も英米にも共通しているのは、権力や富の極端な偏りじゃ。
貧困は人を追い詰め、人を極端な行動に走らせる。ウクライナ戦争が起こす直接的・間接的な経済負担は甚大じゃ。それ以上に、多くの命が失われ続けておる。
デメリットばかりの戦争じゃ。
ウクライナは国家として元々破綻状態
◉ウクライナは歴史的、社会学的にまとまりに欠いた地域で、過去に来た近代化の波(共産主義、打倒共産主義、改革の波など)はすべてロシアから。ウクライナは「独自の推進力」を持っていない。
◉ウクライナは、独立から30年以上経っても、十分に機能する国家を建設できていない。国家という伝統がなく、軍隊も英米の支援なくして再組織化はできなかった。さらに、ウクライナの「安価で良質な労働力」を西欧諸国が活用したため、ウクライナは人口の15%を失った(5200万人→4500万人)。
◉ロシアは、すでにウクライナ領土の20-25%を獲得し、産業地域の30-40%が獲得した地域に集中していることから、実質的には戦争に勝利している。
ウクライナの地政学的にも非常に微妙な場所というのが、こうした不幸な歴史につながっているようじゃの
ウクライナ戦争は消耗戦に
◉ヨーロッパでは「ロシア嫌い・ロシア恐怖症」が激化。ヨーロッパは、無意味になりつつある政治的・通貨的なまとまりを無理に維持するために、ロシアという外敵を必要としている。
◉一方、アメリカにとってヨーロッパとロシアの関係を引き裂くことは地政学上の国益となる。
◉西側ではロシアの攻撃の様子が日々流されている。メディアによる糾弾がロシアの潜在的な暴力性を加速させる恐れがある。
◉戦線が安定すると、消耗戦になる。消耗戦では、軍事面よりも経済面が重要になる。
◉中国は最終的にはロシアを支援するはず。もしロシアが倒されれば次に狙われるのは中国だから。
◉ヨーロッパは、天然ガスなどでロシアと経済的な相互依存関係にあるため、対ロシア制裁で最終的に犠牲になるのはヨーロッパの方。とくに経済パートナーであるドイツの態度が変わるはず。
◉アメリカは最も予測不能。アメリカには緊張や迷いなどの不確実性が見られるが、おそらくはプーチン体制の破壊を望んでいる。
トッド氏のいうとおり、
・最終的にロシアが中国の後ろ盾を得る
・ヨーロッパがエネルギーショックで持たなくなる
・ドイツがロシアとよりを戻す
・アメリカの支援がある限りウクライナ戦争は泥沼化
だとすると、本当に終わりなき戦争になりそうじゃ。
戦争だけじゃなく、世界的なインフレや不況も歯止めが効かなく恐れもあるのぉ。
第一次世界大戦に似ている
◉本来、ロシアが望む「ウクライナの中立化」を西側が受け入れていれば容易に避けられた戦争。しかし、その後ウクライナ市民が虐殺される自体に陥っているのはあまりに不条理。
◉もしかすると、うまくいっていないのはロシアではなく西洋社会。新自由主義で貧困化が進み、未来に希望が持てなくなり、西洋社会が目標を失っている。西洋社会はこうした虚無から抜け出し、西洋社会に存在意義を与えるための戦争かもしれない。
◉第一次世界大戦の殺し合いに合理的な理由がいまだに見つけられていないのに似ている。当時のヨーロッパの中産階級の精神状態は不安定で、その集団的狂気が戦争を招いた。
◉ウクライナ戦争でも、イギリスは狂っているかのように好戦的。そもそもアメリカとともにウクライナを武装化したのはイギリス。非合理的な「ロシア嫌い」や「軍事主義」にいたっているのはイギリスが深いところで精神的かつ社会的に病んでいるからだと考えざるを得ない。人間は何をすればいいかわからなくなると、戦争に逃げる。
いまさらウクライナを中立化するのは難しいじゃろうな。
作者の言うように、イギリスの狂気が戦争を煽っているのじゃろうか?たしかに、イギリスはトラス首相に代わっても悪いニュースしか聞こえてこないのぉ。。。
日本
◉不確かな動きをするアメリカのせいで、日本は不必要に戦争に巻き込まれる可能性がある。
◉アメリカがどこまで日本を守ってくれるかわからない以上、日本は核を持ち、国として自律すべき。
◉核を保有することは、パワーゲームの埒外(らちがい)に自らを置くことを可能にする。核を持たないことは、他国の思惑やその時々の状況という「偶然に身を任せる」ことになる。アメリカからも自律できる。
◉ウクライナ戦争が、核を持つ国が通常戦を可能にすることを証明したように、中国が同じような行動を起こす可能性がある。日本が安全を確保するためには核を保有するしかない。
◉核共有、核シェアリングはナンセンス。核を使用すれば、使用した国も核攻撃を受けるリスクがある以上、中国や北朝鮮にアメリカ本土を核攻撃する能力があれば、アメリカが自国の核を使って日本を守ることはありえない。
◉日本が核をもてば、核を持つ中国や北朝鮮との間の不均衡が解消され、地域の安定化につながる。
◉台頭する中国と均衡をとるためには、地政学的に日本はロシアを必要とする。長期的にロシアと良好な関係を維持することはあらゆる面で日本の国益に適う。
ここがもっとも衝撃的なパートじゃった。。。
「日本は核を自ら保有して自律する。かつ、ロシアと良好な関係を維持せよ」と。
核がないと国としては自律ができない。本当にそんなことがあるのじゃろうか?
であれば、「世界中の国が核をもつべき」ということにならんかの?
忘れてならないのは、いつの世にも権力者や国の暴走があったということじゃ。
人間には理性がなくなるときがある。その都度、核をぶっ放す。一瞬で数え切れない老若男女に死者がでる。そんなおぞましい世界は地獄じゃ。
目指すべきは核の完全廃絶とそれを推進する仕組み。
たとえば、一定期間の後に、核保有国・核開発国は世界から完全に孤立させる。
たとえば、核が飛んできても、それを無効化する迎撃システムの国家横断プロジェクトを立ち上げる。
上記は思いつきじゃが、いずれにしても「人間は愚か」であることを前提に「核を持たない」仕組みが必要じゃ。時間をかけても。